2020年2月15日土曜日

「名もなき生涯」は、人間の内面の美しさを信じるテレンスマリック監督の集大成的作品

皆様、先日のハッピーバレンタインデーはいかがでしたでしょうか。
私は幸運にも、「名もなき生涯」の試写会に当たったので、一足早く観てきました。
今回は、「名もなき生涯」のレビューをしたいと思います。公開前なので、ネタバレ厳禁で(とはいえ、ネタバレしても価値が下がらないタイプの映画かと思いますが)




「名もなき生涯(原題:A Hidden Life)」は、「天国の日々」「シン・レッド・ライン」や「ツリー・オブ・ライフ」等で知られるテレンスマリック監督の最新作です。
テレンスマリック監督の映画を見たことがある人は、彼の作風を既に何となくご存知かと思いますが、彼は他の映画監督とは一線を画する特有の作風を持ってる部類の監督だと思います。

テレンスマリック監督の映画の作風は、自分のイメージでは「神々しい」「清らか」「詩的」「囁きのような、そして独り言のような台詞が多い」「スローテンポ」、ネガティブに言うならば「眠くなる!」が第一印象。

テレンスマリック監督は、70年代の「天国の日々」「地獄の逃避行」の時と、1998年「シン・レッド・ライン」で映画界に返り咲いて以降ではまたちょっと作風が違う印象です。更に言うならば、2011年の「ツリーオブライフ」以降もまたちょっと違いますし、逆に「ツリーオブライフ」以降の映画は作風に統一感があります。今回の「名もなき生涯」も「ツリーオブライフ」シリーズといってもいい作品だと思います。

70年代の頃のテレンスマリックの映画は、物語の軸がしっかりしていた印象です。一方で、ここ最近の(特にツリーオブライフ以降の)マリック監督の映画は、言葉やストーリーではなく、視覚的に、つまり感性に訴えることで物事を語る場面が多く、それゆえ70年代の時よりは抽象的な印象を与える作風になってきたなと感じてます。

もちろん、昔から共通してる部分もあります。例えば登場人物の台詞が詩的なのは「天国の日々」の時からそうでした。テレンスマリック監督の映画を見ると、彼は映画監督である以上に、詩人なんだなとことごとく感じます。ある人物の、あるたった1つのセリフで、突然観るものの心を奪い去る。そんな神業ができる監督だと思います。

作風だけではなく、映画の内容についても、昔から一貫して彼の映画の中には共通のテーマがあると感じてます。その共通テーマとは、「人間は、本来善良である(性善説)」です。彼(マリック)にとって、人は全て神の子供であり、完全なる悪人は存在していない。まるで、テレンスマリックは人間が本来持つ内面の美しさを描く事を使命としているんじゃあないかなんて感じる事もあります。テレンスマリックの映画では「信仰」についてもよく描かれますが、それはテレンスマリックが「信仰心」こそが人間の内面の美しさを測る尺度として最も相応しいと考えているからだと思います。そして、テレンスマリックの信仰に対する考え方は説得力があります。信仰とは何の見返りも求めずひたむきに神に愛情を注ぐことであり、見返りを求めない「無条件の愛」こそが、人間の内面の美しさの証明である。だから、信仰心は人間の内面の美しさを測る尺度になりうる。自分はテレンスマリック監督の映画からそんな考え方を読み取りました。

前置きがだいぶ長くなりましたが、「名もなき生涯」をレビューする上では欠かせない前置きでした。なぜなら、「名もなき生涯」はテレンスマリックの突然変異した新作ではなく、まぎれもなく今までのテレンスマリック監督作品の延長線上にある新作映画だからです。
「名もなき生涯」は、3時間と長丁場ではありますが、最終的にとても綺麗に纏められている映画であり、「ツリーオブライフ」から始まる彼の一連の作品の集大成と言える映画だと思いました。どんな時でも人間の内面の美しさを信じ続けられるテレンスマリックだからこそ作れる映画であり、人間の内面の美しさをひたむきに信じ続けられる彼はなんてロマンチックなんだろう!と感じました。そしてそれこそがテレンスマリック監督の映画にかけられた魔法であり、他の映画監督にはない、彼自身のパワーだと思います。

近年は、人間の醜さや邪悪さを描きたがる監督が多数派で(筆頭は、ラースフォントリアー)テレンスマリックはそんな監督達の正反対をいく唯一無二の存在だと思っています。

映画が好きな方、是非ともテレンスマリックの映画も観て欲しいです。そして、ひたむきに人間のハートを信じる事が、いかにロマンあふれる生き方であるか、是非彼の映画を観て感じて欲しいなと思います。それが、自分が考えるテレンスマリック監督の映画の楽しみ方です。

2020年2月8日土曜日

影の名作映画ご紹介①「ミリオンダラー・ホテル」 -果たして本当に巨匠の失敗作なのか?落伍者が集まるホテルと、傷つきすぎた男の人生最後の恋の物語-

映画ファンが、映画について語るブログは数多くあり、よく知られている映画はいろんな人が、其々の解釈で既に語っているため、あまり多く語られてなさそうな映画を題材にブログを書いてみることにしました。題して「影の名作映画ご紹介!」
このコーナーでは、この映画自分は好きだけど、他の映画ファンはこの映画のことあまり語っていないな・・と、いう、いわば自分が影の名作映画だと思っている映画について書きたいと思っています。少しでも、自分が影の名作だと信じる映画のファンが増えることを期待して・・・

そして、「影の名作映画ご紹介」というお題目で映画を語るなら、まず自分にとって絶対外せない映画があります。

第一弾は、ヴィム・ヴェンダース監督の「ミリオンダラー・ホテル」です。



自分が「ミリオンダラー・ホテル」を初めて観たのは高校生の時。当時は映画より洋楽にはまっていて、U2のボノが脚本を書き、さらにこの映画に新曲も提供しているということから興味を惹かれて観ました。どちらかといえば音楽を聴きたくて観る、という変わった動機で見たにも関わらず、この映画のどこか幻想的ともいえる雰囲気に魅了されました。高校生の時以来からこの映画の世界は心の片隅に残ったままであり、自分の映画史を語る上では外せないマイベスト映画の一つになりました。

ミリオンダラー・ホテルの背景と登場人物、簡単なあらすじについてご紹介します。

まず、舞台はロサンゼルスのダウンタウンにあるミリオンダラー・ホテルという、落ちぶれたボロボロな安ホテルです。このホテルは、かつては夢を持っていたが、それが叶わず人生の落伍者となった人達が集う場所となっていました。

主人公トムトムは、このホテルの住人の1人であり、知的障害を持っている・・少なくとも、周りからは知的障害者だと思われている男性です。
ただ、映画を観るとわかりますが、トムトムが本当に知的障害者なのか?実はもう治ってるけど、それでもあえて知的障害者を演じているのではないかと思う場面があります。
後者の場合、何故演じるのでしょうか?・・トムトムという人物を観ていて1つ感じたのは、彼は今までの人生で、他人から何度も深く傷つけられてきたのであろうということです。この映画の中でも、安ホテルの住民たちの何人かは、トムトムをバカ扱い。だから、トムトムは知的障害者を演じているほうがずっと生きやすかったのかもしれない・・と思いました。

安ホテルで粛々と生きてきたトムトムの人生を変えたのは、エロイーズという女性との出会いでした。このエロイーズという女性は、裸足でホテルの外を歩き回り、昼間は古本屋に積み上げられた本の中に身を潜めるようにして、ひたすら読書を楽しみ、夜は体を売ることで生計を立てている女性のようです。この映画の中で描かれるエロイーズという女性の魅力は強烈で、まるで中世ヨーロッパの絵画のようです。
幻惑的で、退廃的で、ミステリアスで・・まるで数百年分の時間の流れが積み上げられているような、そんな深みを感じる謎に包まれている女性です。



この映画の中で、トムトムはエロイーズに何故惹かれたかを一切説明しません。しかし、そんな説明は必要ないと感じますし、むしろ説明するだけ野暮でしょう。

トムトムにとってのもう1人の重要人物は、イギーという男です。彼は映画が始まった時点で故人であり、かつてトムトムの親友でした。エロイーズとも顔見知りだったようです。イギーはミリオンダラー・ホテルの屋上から転落して死んでおり、調査のためにFBI捜査官スキナーがホテルに派遣されます。この捜査官スキナーは、トムトムに知性がある事を見出している、数少ない人物にみえます。

物語は、トムトムとエロイーズのラブストーリーと、スキナーのイギー殺人犯探しを軸に進みます。さらにイギーの遺産である絵画を巡って話は発展していきますが、主軸はあくまでトムトムとエロイーズ、そしてイギーの殺人犯・・です。

トムトムとエロイーズが2人でホテルの一室にいる時間が描かれますが、2人きりで部屋に居る間のトムトムとエロイーズの表情をみると、今まで人に傷つけられてきた事や、今までの人生の失敗や、安ホテルに身を置くしかない惨めな人生は全て遠い過去に葬られているかのようです。そしてそんな2人が佇む安ホテルの一室も、この二人にとっては人生で最も大切な、特別な空間のように輝いてみえます。

知的障害者として生きる以外の選択肢がない、傷つけられたトムトムの、人生最期の恋。
「ミリオンダラー・ホテル」は、ただ人生の美しさについて語っている・・そんな映画だと思います。



追伸;
「ミリオンダラー・ホテル」はベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞したものの、アメリカでは批評も評判も最低だった模様です。しかし、監督ヴィム・ヴェンダースはこの映画を自身の失敗作だとは思っていないようです。むしろ「私は本当に、この映画の事が大好きになった」という風なことをインタビューで語っています。このインタビュー記事は「ミリオンダラーホテル」の映画パンフレットに書かれていました。

ブログを書いた後、少しググってみましたが、、やはりこの映画の熱心なファンな方はいますね。圧倒的な魅力ですもんね・・この映画のミラ・ジョヴォウィッチ。





「名もなき生涯」は、人間の内面の美しさを信じるテレンスマリック監督の集大成的作品

皆様、先日のハッピーバレンタインデーはいかがでしたでしょうか。 私は幸運にも、「名もなき生涯」の試写会に当たったので、一足早く観てきました。 今回は、「名もなき生涯」のレビューをしたいと思います。公開前なので、ネタバレ厳禁で(とはいえ、ネタバレしても価値が下がらないタイプ...